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第2回バリ滞在記
9/Nov/2002作成

ベモでクルンクンへ

チャンディーダサからクルンクンのクルタゴサまで行くことにした.交通手段はベモを使ってみることに.乗り方とかもよくわからない.冒険だ.

メインストリートに出てしばらくどれがベモらしいか車を見て研究する.と,そこにおじさんがやってきた.また,なんかの客引きか?と思った.
おじさん「どこ行くの?」
私「クルンクン」
おじさん「何でいくの?」
私「ベモ」
おじさん「どうやって乗るかわかる?」
私「よくわからない」
おじさん「じゃあ,教えてやるからちょっと待ってな」

といって,クルンクンへ行くベモをつかまえてくれた.ありがとう.車は中型のワゴンに満員.1人あたりのスペースはかなり狭い.地元の人しか乗っていない.
途中で何回も客を乗せたりおろしたりしながら,クルンクンへ向かう.目的地周辺についたので,降りよう.目的地は,昨日チャンディーダサの途中で景色を覚えておいたので大丈夫だ.大きな声で「Stop Pak!」といと,とまった.降りてから車掌にとりあえず,あらかじめポケットに用意しておいたRp.3000渡す.「足りない,もう1000だ.」というので4000だ.適正価格なのかな.いまいちよくわからない.


クルタゴサ.入場料は5000.かつて裁判所として用いられていた建物や博物館がある.


天井画が有名.

博物館内にあるオランダ軍との交戦を描いた絵画も有名.休憩所みたいなところで休んでいるとおじいさんがやってきて「Dari mana?」どこから来たの?.「Dari Jepan」と答えると,彼は奥のほうで寝に入った.


道路をはさんでむかいにあるププタン記念碑.内部はミニ展示室になっており,日本軍が占領した第2次世界大戦時の模型も展示してある.ただ,照明がついておらず,暗くてよく見えない.

クルンクンの町で昼飯を食べることにする.地球の歩き方によると,2件ほどレストランが載っている.そのうちのBali indahに行ってみる.両脇にさまざまな店が並ぶ通りを歩いていく.どうやらこのレストランは華僑系の人がやっているっぽい.こわそうなおじさんがいた.ミーゴレンとコカコーラだ.しめて12500.時々近くの人たちがブンクス(持ち帰り)で買いに来ている.あせって食べたら,あまりの熱さに舌がやけた.数日間はひりひりが続いた.

昼食後,いよいよ難関のベモで戻らねばならない.途中のゴアラワ寺院を見る予定だ.町の通りを帰る方向に歩きながらベモを来るのを待つ.どこまで行ってもきりが無いので,適当なところでとまって待つことにした.しばらく待っているとそれらしい車が来たのでとめる.「ゴアラワへ行くか?」と聞いたら,「di sini」ここへと助手席を合図したので乗り込む.運転手はいろいろとインドネシア語なまりの英語で話しかけてくる.どこにとまっているのか,といったどこでも聞かれるような質問から,バリの車とかバイクはみんなスズキとかホンダ日本でしょ,とか,今インドネシアの経済は...といった話だった.
客がだんだん降りていき,わき道に入っていってついに客は私1人になってしまった.ネットとかでベモで1人になったときとかはぼられやすいという情報を仕入れていたので,これは要警戒だ.余計な心配をしてしまう.
ゴアラワに着く.運転手はあそこが入り口だと教えてくれる.ゴアラワからホテルまでは何で行くのか?と聞いてきた.ので,ベモをつかまえると答えた.本当はチャーターで乗せていきたかったのだろう.適当と思われる金額2000を渡す.運転手はいい人だった.余計な警戒をしてしまった.

やはり物売りがいる.少女が竹の小さいので作ってあるネックレスをすすめてくる.私は要らないよーと通り過ぎると,少女は「It' Free, for you」と.タダだなんて何かウラがあるに違いないと思い,要らんよー,というと無理やり手にもたせてきてタダだ.あげると言う.ほんとにタダらしい.不審だとも思いつつもらう.警戒しtが別にそれ以上何にも無かった.なんだろうね,不思議.「Terima kasih」.

ゴアラワの入り口,料金所で2000払う.ガイドが勝手についてくるが,やはりははじめに料金交渉するか,不要だったら断ることが必要だ.これしないと後でトラブルになりやすい.ガイドをつけたらいちおういろいろ解説してくれるのでつけることにした.ガイド氏は20,000だという.10,000ならどうかと私.ガイドはじゃあ15,000.私「10,000ならつける」と結局10,000で決着した.と,ガイド氏は今,儀式やっているから入れない.ちょっと待って.という.

しばらくして,ガイド氏がついて来いというので中に入る.ここではスレンダン(帯)をしめる.ガイド氏は「Can you speak English?」英語専門ガイドだ.名刺にもEnglish speaker driverと書いてある.ここで英語できないなどと答えても仕方ないよなーと思いつつ.

洞窟にはこうもりがたくさん住んでいる.昼間は中で過ごして夜の1900くらいになると出てくる.そしてフルーツを食べる.中にいるときのこうもりは神聖.外に出ると違う.とガイド氏.

寺院ではセレモニーが終わったところだ.この儀式はお葬式後1ヶ月に行われる儀式だとガイド氏.30分くらいで終わるらしい.正装した人々がたくさんいる.

外に出るとガイド氏はツアーの話を持ち出してくる.これからどこ行くの?
私「チャンディーダサのホテルへ帰る」
ガイド氏「バイクで送るよ30000でどう」
私「ベモなら2000くらいでいけるよ」
・・・
ガイド氏「明日は?」
私「アンラプラとタマンウジュン」
ガイド氏「バイクツアーはどう?150.000とぺトロール(ガソリン)15.000で」
このあと,今日の送迎と明日のツアーの値切り交渉に入る.ガイド氏はまだ新品だと言うバイクをわざわざ持ってきて,スピード出さない安全運転だ,ヘルメットもある,と免許証等の提示もしてきた.

結局,今日のホテルまでの送りと,明日のツアー,トゥンガナン村,ティルタガンガ,アンラプラ,タマンウジュンで,120.000.

ガイド氏の兄もガイドをしており,彼がなぜかガイドブックを見たがっていた.私のは分冊加工していたんで,一応渡すと,ウブドのホテルが見たいと言うが,残念ながらウブドは別冊になっており今もっていない.またガイド氏の兄は宿もあるらしく,1泊40000.でももう今とまっているところに先払いしてあるからまた今度ね.

バイクでチャンディーダサまで快適な道のり.ホテルの前で明朝900に約束する.支払いはすべて明日.

ホテルに戻り,ネットができるところを探す.日本語が表示可能だが,入力不可なようだ.帰り道,AGEN POSとかいてある店があった.どうやら郵便業務をやっているらしい.はがきと切手を購入した.切手は日本まではがきが5000.ここで送れるのかと聞くとできるという.

夕食,飲んでから気が付いたが,ジュースに氷.なんか冷たいなと思ってみたら入っていた.もう飲んでしまったから.だいじょうぶなのか.氷は危険といわれているが.

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